久しぶりに埼玉の飯能の我が家に戻ってきたが・・・・
3ヶ月の間・・・・ボクは人生のシフトに時間が掛かっています。
前回の日記は3月10日でした。
日記を書いた次の日に事は起こった。
現実は思った以上に大変だ。
今も夢の中にいるようだ、
放射能の事は瞬間も頭から離れない、
そして・・・戻れない、
とても大切な人を亡くしたような喪失感がボクを包んでいる、
もう・・・二度と戻ってこない・・・今までとは違う・・・
「あなたなしで生きて行く気持ちになれない 」そんな気持ちを超えて・・・突き抜けて・・・生きて行くしかないんだけど・・・・
「今はそこに気持ちが行けていない 」というのが正直な気持ちだ。
これからどうなるんだろう・・・
関東から離れ・・・九州の阿蘇、外輪山の西斜面の清らかな水の流れる森にテントを張って彼女とポチと3人で暮らしている。
梅雨に入り雨の降る夜に真っ暗な森の中で流れる沢の音と葉っぱに当たる雨音を聞きながらテントの中で寝る。
ボクはココで、この先もずーっと暮らそうと思っている。
引越しのため飯能に帰ってきて3ヶ月ぶりにPCに向かっている
みんなはいかがお過ごしでしょうか?
ボクの子供達には
「近いうちに地震による原発の事故が起こるから・・・もし起きたらみんなで逃げよう 」と言っていたので・・・
3月12日に子供達に「今から4時間後に 飯能の家に集合」と伝えると・・・事情を理解した瞬間に
長女も次女も泣きながら分かったと言った。
ボクも涙が出てきた。
ボクは12日夕方4時半にPCからの映像で建屋の壁が落ちている映像を見た。
12日夜8時飯能から脱出した。
途中、車中泊を するが・・・ニッサンキャラバンに8人とポチ
それと最小限の荷物、走り出した車の中では娘、息子らが アイホン3台とケイタイ1台で原発、地震情報を追い続け・・・
放射能から出来るだけ遠くに逃げた。
とにかく・・・ボクは山口県上関に向かった。理由は3週間前に原発建設の阻止に上関に行っていたからだ。
他に向かう場所は浮かばなかった。
次の日には九州に向かった。
公園の駐車場で8人と犬は叉車中泊、
しばらく当ても無く何日も車中泊くが続いた 。
毎日寒かった。お金は出来るだけ節約して・・・・自炊をした。
チョッと楽しい気分になったりもしたが・・・基本的にはいつも不安でドキドキしていた。
福岡の佐竹君のマンション3DKに全員で転がり込んだり・・・そのまま10日間情報収集 とパスポートの申請した。
10日間の間にボクは心の安定はなくなり気が狂ったように子供が作ったお好み焼きを投げた。
家族の雰囲気がどうにもならない不安感とこの先の何も見えない状態が爆発した。
次の日は福岡の町を全員で散歩をした。夕方になり川のほとりを歩いている時の家族一人一人の心の色が同じように思えた。
頑張ろうと思った。
とりあえず・・・町ちから離れたくなり次に熊本に向かった。
熊本には恭介がいる、古いボクの友達だ、YARZのボクの前のドラマーで 会いたかった。
恭介は仲間でやっている畑があってそこに「ビニールハウスがある」 という
ボクたちはそこで暮らせる事になった。
幸いそこには薪ストーブがあったため暖をとることも出来た。
阿蘇の内牧温泉という所だ。
そこを拠点に熊本に子供達の学校と住む家を探しに行くのだが片道50キロという距離なのでガソリン代が馬鹿にならない・・・
熊本にはもう一人知り合いがいる、ワサワサの大ちゃん だ、大ちゃんガ色んな人を紹介してくれた、
ボクの子供は、はな(24歳)みかい(22歳)礼(20)楽(17歳)志円(15歳)みう(14歳)の6人で3人が学生3人が独立組みなので・・・
それぞれの今後の身の振り方をいっぺんに開始しないといけないわけで・・・・
ボクとのぶでは全然ダメで・・・それぞれが自分で考えなくては・・・といっても・・・よく知らない土地で・・・本当に困った。
全てを大ちゃんに話したり・・・恭介に話したりしたけど・・・いきなりそんなこと話されても・・・困るよね。
ボクたちは毎日心の余裕は無く・・・でも動き続けた。
大ちゃんから連絡が来ると、グッドニュースかな?ってみんなが電話で話しているボクに集中する
そのうちはなとみかい が作戦を練りだす。
二人は大ちゃんが紹介してくれた 歯医者さんの家にお世話になりながら熊本で部屋探しを始めた。
幸い学生組みが 春休みに入っているので、新学期が始まる前に学校も決め、転入させたい思いだ。
ボクはもう学校に行かなくてもいいんじゃないかと、ハナとミカイに言った。
2日後に二人は冷静に自分たちの事を振り返っても・・・行かせたいと言う
そして学校選び出した。「とてもやさしいお姉ちゃん達だな 」と思った。
二人は自分の事より弟、妹の事を先に考えている。
二人は熊本の町に部屋も見つけ契約をして来た。
学校も決まりハナはまるっきりお母さんをやってくれた。家庭訪問も父母会も全部やってくれた。
みうのセーラー服も志円の学生服も学校に行って先輩のお下がりをもらってきてくれた 。
楽は私服の公立高校に入れた。
着実に前に進んだ新しい生活が始まりだした。
礼は大ちゃんの紹介でイタリアンレストランで料理人の修行に入った。そしてアパートも見つかり完全に自立独立生活に入った。
レストランの先輩たちにもかわいがられ自電車をもらったり 着実に新しい生活が始まりだした。
そして6月になって飯能から母親が仕事のけりをつけ熊本の子供たちのところにやって来た。
子供たちは幸せそうだ。
ハナとミカイは自分の事がやっと始められる。
ミカイは鹿児島で無農薬有機栽培のお茶農園で住み込みで働いている。
とても良くしてもらっているらしい、
ハナは大ちゃんの奥さんのレストランで働いている。
そして熊本の町に部屋も見つかり、お茶から帰ってきたミカイと一緒に住むらしい。
家賃はなんとタダ、3000円の管理費だけだそうだ。
全てが順調に始まりだした。
そしてボクとのぶはポチと阿蘇の外輪山の南斜面の清らかな水の流れる9000坪の森に住む事になった。
それはボクにとって不思議なくらいに逃げる事も出来ないストーリの始まりを感じるのです。